溶血性連鎖球菌(溶連菌)という細菌に感染して発症する伝染病です。
溶連菌にはα溶血とβ溶血を呈する2種類があります。β溶血でヒトに病原性を有するのは、A群、B群、C群、G群などですが、溶連菌感染症の90%以上がA群によるものであるため、一般にはA群β溶血性連鎖球菌による感染症と言います。連鎖球菌と呼ばれる所以は顕微鏡で観ると菌の形状が、粒が連なった鎖のように見えることに因ります。
のどに感染を引き起こし、咽頭痛症状が特徴です。子供に多いのどの急性感染症の一つで、好発年齢は2~10歳ですが、大人にも感染します。A群β溶血性連鎖球菌にもいくつかの種類が有るため、一度感染した溶連菌には免疫が獲得できますが、別の種類の溶連菌にはその免疫は効果を発揮しませんので、何度も溶連菌感染症に感染する可能性が有ります。また、溶連菌に感染しているが発症しない健康保菌者が存在します。小学生の15~30%程度は健康保険者であるといわれ、稀にこの保菌の状態から感染します。
①粘膜:咽頭炎、扁桃炎、猩紅熱、中耳炎、副鼻腔炎などがあります。
②皮膚・軟部組織:伝染性膿痂疹、蜂窩織炎、丹毒などがあります。
③その他:肺炎、菌血症、トキシックショック症候群などが有ります。
主たる感染経路は飛沫感染で、唾液や気道分泌物により拡散します。発病者の咳やくしゃみなどにより飛沫しますが、細菌が付着した手で口や鼻に触れることによる接触感染もあります。また、溶連菌に汚染された食品が原因のこともあります。1人がかかったら家族、特に一緒に遊んでいる兄弟への感染に注意が必要です。無治療の場合は2~3週間感染力が持続しますが。厚生労働省の見解では、適切な抗菌薬療法開始後は、24時間以内に感染力は失せるとされています。
潜伏期間は2~5日です。一般に12~7月に流行することが多い病気ですが、ほかの季節にも患者は見られます。急性期症状の代表的なものは、高熱(38~40度)とのどの痛みです。年齢により多少症状の現れ方に差があるのもこの病気の特徴です。3歳未満では発熱が顕著でないことも多く、症状は比較的軽微で、鼻汁を伴う鼻咽頭炎が2~4週間の長期間にわたって続くことが多く。中耳炎の合併が多く見られます。また、頚部のリンパ節腫脹が多くの幼児で見られるのも特徴です。この年代では、リウマチ熱や糸球体腎炎の合併は少ないとされています。年長児(3~12歳)では発病は急激で、39~40度の高熱と咽頭痛を訴えます。咽頭は発赤腫脹し、口蓋の点状紅斑を認め、時に口蓋点状出血班を認めます。発症早期には舌は白苔で覆われており、その後2~3日で白苔が剥離した後に、舌乳頭が著名に肥大して舌表面が真っ赤となり、イチゴ舌と呼ばれる形状になります。皮膚表面に関しては、熱発後、12~24時間すると、体や手足に小さくて紅い発疹が出現し、次第に鮮紅色の密集した発疹となり、全身に広がり、猩紅熱と呼ばれる病態を呈することも有ります。発疹はわずかに痒みも伴います。口唇周囲の発疹が少ないため口囲蒼白となり、回復期には、臀部、腰部、手のひら、足の裏で皮がむけます。全経過は2~3週間です。猩紅熱の発疹は、発熱毒に対する過敏反応と考えられており、患者がこの毒素に対する抗体を有する場合は発疹を生じません。子供の場合、大人に比較すると、吐き気や腹痛などの腹部症状を伴うことが多いといえます。
A群溶連菌迅速抗原検査を行います。迅速診断キットによる診断に要する時間は約10分程度です。検体を、のどの奥から綿棒でぬぐい取るだけで簡単にできます。
より感度が高い検査として咽頭培養が行われることがあります。迅速診断キットと同じく、綿棒で喉をこすり採取した検体の培養を行います。結果の判定には数日を要します。検査前に抗生物質を服用していると細菌が見つけられないことがあります。
溶連菌に感染するとその抗体であるASOやASKが作られるのでそれらの数値を測定します。溶連菌感染後1週間ほどで、増加し始め、1ヶ月前後で数値がピークとなります。そのほか、白血球や炎症反応(CRP)で感染症の重症度を測ることが可能です。
治療にはペニシリン系やセフェム系の抗生物質を使用します。溶連菌そのものは抗生剤で直ぐ収まることが多いのですが、少し菌が残っていると、糸球体腎炎やリウマチ熱などの合併症を引き起こすことが有るので抗生物質は10日前後服用する必要が有ります。腎炎合併の有無を調べるために、2週間後に尿の検査を行い、尿蛋白と尿潜血のチエックが必要です。
リウマチ熱は連鎖球菌咽頭炎に引き続いて起こります。咽頭炎の治療が十分に行われなかった場合にみられます。リウマチ熱は感染症ではなく、連鎖球菌の感染に対する炎症反応です。炎症部位は、関節、心臓、皮膚、神経などにみられます。患者の大半は完治しますが、少数ではありますが、心臓に回復不能な損傷を受けるケースもあります。年齢的にはどの世代でもかかりうる病気ですが5歳から15歳の間で最もよく見られます。また、遺伝が関与していることも知られています。リウマチ熱は連鎖球菌咽頭炎後に見られ、皮膚の連鎖球菌感染症や体の他の部位への感染の後では発生しません。この原因は不明です。典型的には喉の連鎖球菌感染症が治ってから2~3週間後にリウマチ熱の症状が始まります。症状は体のどの部位に炎症が起きたかで異なります。
最も多いのは、関節痛と発熱です。関節は通常、足首、膝、肘、手首で発症し、こわばりや関節液貯留が見られます。関節の痛みは他の関節にも移動し、移動性関節痛と呼ばれます。通常関節痛は2週間ぐらいで治まり、長期的関節の損傷は有りません。
リウマチ熱で心臓が侵されると、心臓弁が影響を受けやすく心臓弁膜症に、発展することが知られています。通常心臓の炎症は5か月以内に無くなりますが、永続的な損傷が心臓弁に残ってしまうことも度々あります。最も損傷を受け易い心臓弁は僧帽弁で、損傷により僧帽弁狭窄症や僧帽弁逆流症あるいはその両者が発生し、心雑音で発見されることが有ります。やがて不整脈の一種である心房細動や心不全が発生することも報告されています。心臓弁にはある程度の損傷が残るため、リウマチ熱に起因する心雑音はほとんどの場合永続的に残ります。しかし、現在の日本では殆どリウマチ熱を診ることは無くなりました。一般の方はそれほど心配する必要は有りません。
リウマチ熱で神経系が侵されると、小舞踏病と呼ばれるケイレンのような不随意運動が、手足に現れることがあります。通常、他の症状が全て消えた後に発生します。4~8か月間持続します。3分の1の患者で再発が認められます。
皮膚では縁が脈打つような形で平らで痛みのない発疹である、輪状紅斑が現れることがあります。持続時間は短く、1日もしないうちに消えることもあります。
リウマチ熱の診断基準は以下のとうりです。連鎖球菌感染症がみられる小児が2つの大基準を満たすか、または1つの大基準と2つの小基準を満たす場合に、リウマチ熱と診断されます。
㋐心臓の炎症(心炎)㋑発疹(輪状紅斑)㋒けいれん性のコントロールできない動き(小舞踏病)㋓複数の関節で、発赤、痛み、腫れ(関節炎)㋔皮膚の下のしこり(小結節)
㋐複数の関節で痛み(発赤または腫れは伴わない)㋑赤血球沈降速度またはC反応性タンパクの上昇㋒発熱㋓不整脈
溶連菌感染症後1~3週間の潜伏期間を経て、血尿・蛋白尿・尿量減少・むくみ(浮腫)、高血圧で発症する一過性の急性腎炎症候群です。5~15歳の小児に多く、2歳未満の幼児や、40歳以上の成人には少ない疾患です。溶連菌の咽頭炎患者の約5~10%で、また溶連菌の膿痂疹患者の約25%で急性糸球体腎炎の発生が見られます。尿検査では、強い血尿とタンパク尿を認め、時に重度の腎機能障害が発生します。血液検査では補体(CH50、C3、C4)の低下が特徴的で、ASO、ASKなどの抗体価上昇を認めます。診断の確定のために腎生検をすることもあります。治療としては対症療法となります。予後としては大多数の患者で腎機能が正常レベルまで回復しますが、小児の1%、成人の10%程度で急性進行性糸球体腎炎に発展すると言われています。
別名ヘノッホ・シエーンライン紫斑病、アナフィラクトイド紫斑病、IgA血管炎等と呼ばれることもあります。詳しい原因は不明ですが、溶連菌やマイコプラズマ、種々のウイルスなどの病原体感染が原因となる事が多いとされ、薬剤や食物が原因で発症することもあります。下肢を中心とした出血班、腹痛、関節痛が見られます。3~10歳位の男の子(男女比2:1)に多い病気です。紫斑は最初は下肢を中心に始まり時間がたつにつれて赤色から青や紫色に変わってゆきます。徐々に上肢、体幹、顔面に広がることもあります。関節痛は通常両側性で膝、足関節に多く認めます。消化管に炎症が起こると腹痛を認めます。臍の周囲を中心とする痛みで、断続的で強い痛みを伴います。ひどくなれば血便を認めることもあります。特に初期では、激しく動くと紫斑が悪化するので運動は控え、安静とし、関節痛に対しては鎮痛剤、シップで対処し、強い関節痛、腹痛に対しては入院の上、ステロイドの投与が行われます。予後の良い疾患で、2~4週間で徐々に落ち着いていきますが、腎炎を合併することが有るので、尿検査を定期的に行います。
一般的感染症と同様に、中耳炎、副鼻腔炎、リンパ節炎などが見られることがあります
生活上の予防対策として、マスク、手洗い、うがいの励行が有効です。水疱状の発疹の中の液体には溶連菌が存在しているため、その液体を触れた手指は感染を媒介しますので注意が必要です。予防ワクチンは未だ実用化されていません。
学校保健安全法では『適切な抗菌剤治療開始後24時間を経て、全身状態が良ければ登校可能』と定められています。職場では特別な取り決めは有りませんが、学校保健安全法に準じた考えで良いものと思われます。
溶連菌感染症の一つの型で、『人食いバクテリア』などとも呼ばれ恐ろしい特殊な病型があります。1987年に米国で最初に報告され、日本では1992年に最初の症例が報告されています。溶連菌により引き起こされる感染症で、急激に症状が進行し重症化する特異な病気です。発症すると短時間の経過で敗血症性ショック、多臓器不全を呈することがあるため、30%という高い死亡率が報告されています。一般的溶連菌感染症は小児に多いのですが劇症型は30歳以上の成人に多いのが特徴です。免疫不全などの重篤な基礎疾患をほとんど持っていないにもかかわらず、突然、発症することが有ります。
最も一般的な初期症状は疼痛でしかも重篤です。20%の患者では疼痛の開始前に、発熱、悪寒、筋肉痛、下痢のようなインフルエンザ様の症状が見られます。感染当初は、手や足が痛みますが、外見上は特に変化が見られません。しかし徐々に赤くなったり水ぶくれができたりして高熱に見舞われます。最も一般的な初期の全身症状は発熱ですがショックで患者の10%は低体温に陥るとされます。他には腫脹、血圧低下などですが、さらに進行すると手や足の組織が壊死し、筋肉が腐ってしまいます。そして3日以内にショック状態に陥り、多臓器不全から死に至るケースもあります。約半数の患者に錯乱状態が診られ、昏睡や好戦的な姿勢がみられることもあります。発症後の病状の進展が非常に急激、かつ劇的で、発病後数十時間以内には軟部組織壊死、急性腎不全、成人型呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固症候群(DIC)、多臓器不全(MOF)を引き起こし、ショック状態におちいり、死に至ることも多いとされます。局所的な腫脹、圧痛、紅斑のような軟部組織感染の徴候は、皮膚の傷などの侵入口が存在する場合によく見られます。発熱や中毒症状を示す患者で紫色の水疱が見られると、壊死性筋膜炎や筋炎など 深部の軟部組織感染を起こしている可能性を示唆します。原因は溶連菌が喉の粘膜や傷口から体内に入り重症化するためとされます。血液中や、通常ならば菌の存在しない臓器(脳脊髄液、関節液、筋肉、肺、腹など)に侵入した場合、劇症型になる危険性が高まると言われていますが、なぜ劇症型になるのか詳しいメカニズムは解明されていません。顕著な菌血症を示すので血液のグラム染色標本を検鏡すると連鎖球菌が直接観察されます。
治療としては集中管理のもとに抗菌剤として、ペニシリン系抗生剤投与が第一選択ですが、クリンダマイシンの使用や、免疫グロブリン製剤の効果も報告されています。血圧維持には大量の輸液が必要ですが、輸液量の許容範囲が狭いため、肺動脈圧の経時的観察が必要です。壊死に陥った軟部組織は溶連菌の生息部位であり、筋壊死による腎不全および代謝性アシドーシスの悪化を防止するため、可及的広範囲に病巣を切除する必要が有ります。