百日咳は主にグラム陰性桿菌の百日咳菌(ボルデテラ・パーツシス)による感染症で、世界中に見られ、年齢を問いません。患者の大部分は、小児でしたが近年成人の患者が増加しています。百日咳菌以外にヒトに感染する百日咳類縁菌としてパラ百日咳菌とボルデテラ・ホルメイが挙げられますが、これら2種の菌は、百日咳菌に比較し国内感染例は少数です。
百日咳菌に感染すると乳幼児は特に重症化し易く、死亡患者の大半を生後6か月以下の乳児が占めています。その数は発展途上国を中心に年間20万人近くにのぼります。乳児が発症し易い原因は、出生時胎盤から移行する母親からの抗体の力が十分でなく、乳児が感染し易いためです。
1950年代に百日咳のワクチンが開発されるまでは、日本でも年間10万人以上の発病者が有り、その約10%が死亡していました。
百日咳を予防すべく、百日咳ワクチンを含むDPT三種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風)あるいはDPT-IPV四種混合ワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風、不活化ポリオ)接種はわが国を含めて世界各国で実施されており、その普及と共に、各国で百日咳の発生数は激減しています。しかし、ワクチン接種を受けていない人や、接種後年数が経過しており、免疫が減衰した人での発病は見られています。
特徴的症状として、長期間にみられる、一旦咳き込み始めると止まらない苦しい咳が挙げられます。特に小児ではけいれん性の咳発作が出現します。
鼻咽頭や気道からの分泌物による飛沫感染および接触感染があります。
百日咳菌は3週間前後患者から排出されるといわれていますので、1人の患者から多くの人に感染させてしまう可能性が高いのです。
適切な抗生剤内服で菌排出は5~7日後にほぼ陰性となります。
よって、適切な治療が感染拡大防止に寄与します。
潜伏期間は通常7~10日間程度です。
臨床経過は ①カタル期 ②痙咳期 ③回復期の3期に分けられます。
潜伏期を経て普通のかぜ症状で始まり、次第に咳の回数が増え、程度も激しくなります。
次第に特徴ある発作性けいれん性の咳(痙咳)となってゆきます。これは、短い咳が連続的に起こり(スタッカート)、続いて、息を吸う時に笛の音のようなヒューという音(ウープ)が出ます。
このような痙咳発作が繰り返され、しばしば嘔吐を伴います。
発熱は無いか、有っても微熱程度です。息を詰めて咳をするために、顔面の静脈圧が上昇し、顔面浮腫、点状出血、眼球結膜出血、鼻出血などが見られることもあります。
非発作時は無症状ですが、何らかの刺激が加わると咳発作が誘発されます。
時間帯としては夜間に咳発作が多く見られます。
発作性けいれん性の咳は年長児や大人では殆ど見られません。
特徴的な咳発作は乳幼児に見られますが、乳児期早期では症状が非定型的となり、特徴的な咳が無く、単に息を止めているような無呼吸発作からチアノーゼ、けいれん、呼吸停止と進展することが有ります。
激しい咳発作は次第に減衰し、2~3週間で認められなくりますが、その後も時折忘れた頃に発作性の咳がでます。全経過約2~3ヶ月で回復します。
成人の百日咳では咳が長期にわたって持続しますが、典型的な発作性の咳嗽を示すことはなく、やがて回復に向かいます。軽症で診断が見逃され易いのですが、菌の排出があるために、ワクチン未接種の新生児・乳児に対する感染源としての注意が必要となります。
同様の頑固な咳を発症する鑑別すべき疾患として、マイコプラズマ、クラミジア、アデノウイルスがあります。
百日咳は感染力がとても強く、麻疹と同程度と言われています。百日咳にかかった患者が、ワクチン未接種の同居家族に感染させる可能性は80~90%と高率です。
百日咳の診断基準としては2017小児呼吸器感染症診療ガイドラインに掲載されたものが有ります。
(1)1歳未満
■臨床診断例:咳があり(期間は限定なし)かつ以下の特徴的な咳、あるいは症状を1つ以上呈した症例
■確定例
(2)1歳以上の患者(成人を含む)
■臨床診断例:1週間以上の咳を有し、かつ以下の特徴的な咳、あるいは症状を1つ以上呈した症例
■確定例
臨床的に百日咳を疑った場合、最優先すべき検査は、培養または、LAMP法もしくはPCR法による核酸増幅法による病原体診断です。病原体陽性なら診断は確定します。
血清診断は補助的なものである場合が多く、PT‐IgG抗体価をペア血清で求める以外は確定診断とはなりません。
菌培養検査は特異性に優れますが、感度は乳児患者でも60%と低く、ワクチン既接種者や成人からの菌分離はほとんど期待できません。
成人患者は百日咳菌保有量が小児に比して有意に少ないためです。
結果が出るまでに1週間程度かかります。
遺伝子検査は最も感度の高い検査法であり世界的にリアルタイムPCR法が採用されています。
日本ではより簡便で迅速な検査法として百日咳LAMP法が広く行われています。
2016年から日本では保険適用となりました。
鼻の奥に細い綿棒を入れて粘膜をこすり採取した分泌物に百日咳菌が含まれているかを調べます。
結果は3日くらいで判ります。
血液検査でPT‐IgG抗体価をペア血清で求める方法は、2~4週間の時間差で計2回の採血が必要で、結果が出るまでに3~4週間程度かかります。
米国疾病予防管理センタCDCでは患者の病日により検査法の使い分けを提唱しています。
菌培養検査適用は咳出現から2週間以内で適用。すでに抗菌薬投与された患者は不適用。
遺伝子検査は咳出現から3週間以内、乳児やワクチン未接種者は4週間以内適用。
血清学的検査PT-IgGは咳出現から2週間以降12週まで適用。
2016年には百日咳のIgA抗体とIgM抗体が健康保険適用となりました。
この両者はワクチン接種の影響を受けないことから、単血清での診断が可能とされています。
IgM抗体は病日15日、IgA抗体は病日21日をピークに誘導され、IgA抗体はIgM抗体よりも長く持続することが確認されています。
2017年までは小児科定点把握疾患でしたが、2016年に15歳以上の患者が25%を占めたことから、より正確な百日咳の疫学的把握を目的として、2018年1月1日から、小児科定点把握疾患をはずれ、成人を含む検査診断例の全数把握疾患として改正されました。
2017年までの小児科定点百日咳届出基準には病原体検査での確定は含まれておらず、臨床診断だけでの報告を求めており、上述の、咳症状が似るいくつかの疾患が含まれていた可能性も有り、厳密なものではありませんでしたが、2017年の改正によりデータの信頼性が増しました。
臨床検査では小児の場合、白血球が1万/㎣を超えることが有りますが、CRPは正常もしくは軽度上昇にとどまります。
年齢が幼いほど合併症を伴いやすく重篤化する傾向です。
乳幼児では、肺炎(20%)や脳症(0.5%)を合併し危篤状態に陥ることもあります。
年長児や成人では概ね軽症で推移するため、あまり大きな合併症は見られません。
乳幼児の場合、咳が酷くなると低酸素血症を生じ、けいれん、脳症、無呼吸発作などを引き起こし、死に至る場合もみられます。
重度の咳発作とそれに起因する低酸素血症の結果により、脳、眼球結膜、皮膚、粘膜への出血が起こることが有り、硬膜下出血、脳浮腫および毒素による脳炎の結果として痙性麻痺、知的障害(精神遅滞)、またはその他の神経学的障害を来たすこともあります。
その他、臍ヘルニア、直腸脱、中耳炎、気胸、無気肺なども合併症として知られています。
日本では百日咳ワクチン接種は小児期の4種混合ワクチンとして計4回行われています。
しかし、ワクチンの効果は生涯持続せず、早ければ5年くらいで半減し、10年くらいで消失するといわれています。
そのため、欧米では成人のワクチン再接種が行われています。
また、欧米の一部の国では妊婦に百日咳のワクチン接種を推奨しています。
妊婦自身が百日咳にかかることを防ぎ、赤ちゃんが抗体を獲得した状態で生まれることになり乳児早期の感染を予防する効果が期待できます。
日本では検討段階です。
6ヶ月未満児や重症の百日咳患者以外では、外来で治療が可能です。
治療にはマクロライド系の抗生剤である、クラリスロマイシン、アジスロマイシン、エリスロマイシン等が使用されます。クラリスロマイシンは7日間、アジスロマイシンは3日間、エリスロマイシンは14日間服用が必要です。
これら抗菌薬は初期、特にカタル期では有効に働きます。
生後6ヶ月以上の患者にはこれらのマクロライド系抗生剤が推奨されていますが、新生児では肥厚性幽門狭窄症を考慮してアジスロマイシンが奨められています。
百日咳の場合細菌が出す毒素で気道が傷つけられるため、抗菌剤で細菌が減少、死滅後も、気道の回復には時間がかかるため。治療後も咳が長引くのが特徴です。
かなり時間が経過した患者に抗生剤を投与しても咳はなかなか無くならないわけですが、周囲への感染予防の観点からは十分意義のある事です。
学校保健安全法では『特有の咳が消失するまで、または、5日間の適正な抗菌薬療法が終了するまで』と定められています。