ピロリ菌感染症

ピロリ菌感染症とは

ピロリ菌は正式名称をヘリコバクター・ピロリといいます。
大きさは1000分の4mmと極く小さならせん状の細菌で、この菌によって引き起こされる感染症がピロリ菌感染症です。
ピロリ菌は胃粘膜の中に棲みつき、胃疾患を引き起こすことがあります。
日本における胃がんの98-99%はピロリ菌が原因とされています。
また、胃潰瘍患者のピロリ菌陽性率は80~90%とこれまた非常に高率です。

疫学

ピロリ菌感染陽性率を出生年代別に見ると、1950年以前では40%以上、1970年代では20%、1980年代では12%、と大幅に低下傾向にあります。
国内総人口に占めるピロリ菌感染者は約35%に低下しているものの、まだまだ多いと言わざるを得ません。
世界的に見ると世界人口の50%以上は、消化器にピロリ菌が感染しています。
とりわけ開発途上国の感染率が高いことが指摘されています。
ピロリ菌の感染の有無は、生活インフラの環境が大きく影響しています。
上下水道がまだ定着していなかった時期に幼少期を送った50代以上の中高年は高い感染率を示します。
一方、衛生環境が徐々に整備されたことにより若年層の
感染率は急激に低下しています。
ABO式血液型と潰瘍発生率には差があり、O型はA型、B型よりも1.5倍~2倍高いと報告されています。
これはピロリ菌の粘膜に付着する際、作用するレセプターの
関与の違いが原因と考えられています。

ノーベル賞

西オーストラリア大学のロビン・ウオーレン教授とバリー・マーシャル教授は、胃の中にヘリコバクター・ピロリを発見し、さらに胃疾患との関連を解明した功績により、2005年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。
胃の内部は胃液に含まれる塩酸によって、PH1の強酸性に保たれているため、従来はいかなる細菌も生息できない環境だと考えられていました。
しかし、1979年にウオーレン教授は胃炎患者の胃粘膜に未知の細菌を発見しました。
その後、マーシャル教授との共同研究で100人の患者の組織を調べた結果、胃炎や胃・十二指腸潰瘍を患っているほとんど全ての患者で同じらせん型のグラム陰性細菌が確認されました。
この菌はヘリコバクタ・ピロリ菌と命名され、
1982年にはピロリ菌の分離培養にも成功しました。
マーシャル教授は自らピロリ菌を
飲む人体実験により、急性胃炎が起こる事を立証しました。

症状

ピロリ菌感染症の特徴の一つに、感染しても自覚症状が出にくいということがあります。
その理由としては、胃の粘膜には痛覚が無いことが挙げられていますが、
たとえ自覚症状が無くても胃の粘膜にピロリ菌が居座り続けることで徐々に傷つけられていき、慢性的な胃炎を引き起こしてしまいます。
その結果、胃部に不快感や
胸やけ、吐き気、食欲不振、胃もたれ、空腹時の胃痛、食後の腹痛などを訴えることがあります。
その他、胃以外の部位では、喉が詰まったり、イガイガ
する違和不快感、声が嗄れるなどの症状が現れることもあります。
このように、ピロリ菌が原因で何らかの病気を発症し、症状がでるのはピロリ菌保菌者の約30%程度といわれており、残りの70%の方は無症状です。
ピロリ菌にいったん感染すると、除菌しない限りは胃の中にずっと住み続けることになり、その影響は生涯にわたり持続することが多いとされています。

感染

胃の中は胃酸で満たされています。胃酸は金属を溶かすほどの強酸性であるため、普通の細菌は胃酸のために生きられません。
ピロリ菌は自身の出すウレアーゼで
周囲の胃酸を中和して安全地帯を作ることができるため生きていくことができます。
ピロリ菌の感染経路については明らかになっていない点も多くあります。
ピロリ菌は酸素の存在する大気中では発育しません。酸素にさらされると徐々に死滅してゆきます。
また乾燥にも弱い細菌です。よって空気感染は考えられません。
一般的には胃酸分泌の未熟な幼少期(5歳以下)の経口感染がほとんどであると考えられており、胃酸分泌が確立されている成人では、たとえ口からピロリ菌が入っても感染することはほとんど無いとされています。
幼少期に感染する主な原因は、ピロリ菌自体が井戸水や土壌などに生息する菌なので水や食べ物と一緒に摂取してしまったと考えられています。
また、感染していること
に気づかない大人と、箸などを共有しての食事をしたり、乳児に離乳食を噛んで与えたりすること等も原因になると思われます。
上下水道の普及など生活環境が大きく変貌した現在では新規感染率は急激に低下しています。

ピロリ菌感染の悪影響の機序

ピロリ菌に感染しているからといって、必ずしも潰瘍や胃がんが発症するわけではありません。
しかし、胃粘膜に棲み続けるピロリ菌は、アンモニアを排出しますが、
このアンモニアが胃粘膜に悪影響を及ぼし、感染が長期に渡ると、ほとんどの人に慢性胃炎を引き起します。
加齢と共にさらに進行すると、胃粘膜が薄くなり、萎縮
が起き、萎縮性胃炎が形成され、胃液の分泌が不十分となり、胃の機能は大きく低下します。
これにより、食欲不振や胃もたれ、胸やけ、ゲップなどの症状が現れる
ことがあります。

萎縮性胃炎を放置すると、胃の粘膜が腸上皮化生と呼ばれる、胃がんになりやすい組織に変質していきます。統計でも胃がんの多くはピロリ菌感染症に伴う萎縮性胃炎が原因とされています。

また、胃の粘膜は防御する力が弱まると、ストレスや発癌物質などの攻撃を受けやすい無防備な状態となります。

これらの機序で、胃がんや胃潰瘍が作られると考えられています。

ピロリ菌が引き起こす病気

ピロリ菌関連疾患としては、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がん、萎縮性胃炎などが有名です。
他に胃に発生する疾患として、胃MALTリンパ腫(悪性リンパ腫の1種)、
胃過形成ポリープ、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫、機能性ディスペプシア、逆流性食道炎などがあります。

また、難治性蕁麻疹や、特発性血小板減少性紫斑病、小児の鉄欠乏性貧血など、胃とは違う場所の病気を引き起こすことが知られています。

西欧の人に比べ、日本人に胃がんが多いことはよく知られてます。
理由として、
日本など東アジアのピロリ菌と、ヨーロッパのピロリ菌では作り出す蛋白質の構造に違いがあり、東アジアのピロリ菌が作り出す蛋白質の方がより、癌化への影響が強いことが判っています。

検査・診断(ピロリ菌を検査する方法)

➀胃カメラ(内視鏡)を使用する検査法

①ー1 培養法

採取した組織を培養して、ピロリ菌の有無を調べる方法です。
正確な検査ですが、結果が出るまで1週間ほどかかります。
通常はあまり行われていません。

①ー2 鏡検法

採取した組織をホルマリン固定し、顕微鏡で観察します。

①ー3 迅速ウレアーゼ試験

特殊な試薬に採取した組織を入れ、色の変化でピロリ菌の有無を判定する方法です。
判定には時間がかからない特徴があります。

②胃カメラを使用しない検査法

②ー1 血液抗体および尿中抗体法

ピロリ菌に感染していると、体は菌に免疫反応して抗体をつくります。
血液や尿中の抗体の有無を調べることで、ピロリ菌に感染しているかどうかを判定します。
除菌が完了しても抗体価はすぐには変化しないことから、除菌判定検査としては向いていません。

②ー2 便中抗原法

ピロリ菌は胃の粘膜に感染する菌ですが、菌の一部は落下して便に混ざります。
便の中にピロリ菌が存在するかどうか確認することで、感染の有無
を判定します。

②ー3 尿素呼気試験

診断薬を飲んだ後、風船に息を吹き出すことで呼気の成分を調べ、胃の中に潜伏するピロリ菌の有無を判定します。
特にピロリ菌の除菌判定にはこの尿素呼気試験が推奨されています。

除菌の意義

胃・十二指腸潰瘍に罹患した人が、何度も再発してしまうのは、一度胃や十二指腸に入り込んだピロリ菌が、そのまま生き続けていることが原因です。

ピロリ菌の陽性が判明したら、胃がんや胃潰瘍、十二指腸潰瘍などのリスクを軽減するために、除菌治療を行った方が賢明です。

除菌をすることで、胃の炎症が徐々に軽快し、萎縮性胃炎も改善する傾向があり、胃がんの発症が抑制できることが明らかにされています。

しかし、除菌をすれば絶対に、胃がんにならないということにはなりません。
除菌で胃がん発生の危険性が下がるのは確かですがゼロとはなりません。
それは
ピロリ菌がいなくなった時点で、すでに検査では発見できない極めて小さな潜在的ながんができてしまっていることなどがその原因と考えられています。

従って除菌が成功しても定期的な内視鏡検査は必要です。

統計では除菌により胃がんの発生率は1/3に抑制されることが判っており、胃がんの予防効果があることは立証されています。

治療

ピロリ菌の除菌治療には、胃酸の分泌を抑制する薬と、2種類の抗生物質、計3種類の内服薬が用いられます。

初回の除菌治療は一次除菌といい、除菌が成功して菌がいなくなればそれで終了です。

しかし、一次除菌でも菌が退治できなかった場合は、二次除菌を行います。

①一次除菌

検査でピロリ菌が陽性と判定された場合、抗生物質を服用してピロリ菌の除菌治療を行います。

具体的には、2種類の抗生物質と胃酸抑制薬、合わせて3種類の薬を1週間服用します。
これが、一次除菌です。

除菌治療後1ヶ月以上経過してから、再度ピロリ菌の検査を行い、除菌ができているかどうかを判定します。

ガイドライン上は、除菌治療後4週間以降に効果判定して良いことになっていますが、4週間で判定すると、本当は除菌失敗しているのに除菌成功という、偽陰性の判定結果がでることがあるので、2ヶ月前後の期間を置くことで判定の精度が高まります。

一次除菌では80~90%の高い確率でピロリ菌を除菌できます。

②二次除菌

一次除菌で除菌できなかった場合は、別の抗生物質を組み合わせて再度、1週間の内服治療を行います。

二次除菌まで行った場合の除菌成功率は97%ほどです。

除菌に失敗する原因としては、ピロリ菌が除菌薬に対して耐性を獲得していることが考えられます。
他に飲酒や喫煙も原因の一つとなり得ます。

③三次除菌

二次除菌で除菌できなかった場合は、三次除菌も考えられます。

三次除菌の治療行為や検査は健康保険適用外となります。

確立されたレジメン(抗生剤の種類や量)もありませんので、三次除菌治療まで行うかどうかは主治医との相談となります。

除菌後の胃カメラ

除菌終了の健康人でも、年率0.4~0.5%と、一定程度の確率で胃がんが発生することが知られています。

従って、除菌後も定期的に内視鏡検査は行うべきとされています。